パウル・クレー「線を散歩させる」

「線を散歩させる(take a line for a walk)という言葉は、パウル・クレーの造形論を表す言葉として広く知られ、社会人類学者ティム・インゴルドや絵本作家ショーン・タンをはじめ、多くの人々に引用されてきました。クレー自身は、自由な線について「それはいわば、それ自体のための散歩である。目的はない」と記しています。これは Correspondence Lab にとっても、とても重要な意味をもつ言葉です。
彼の言葉を借りながら、Correspondence Lab のロゴマークについて改めてお話ししてみたいと思います。
ロゴにある二本の線は、「人と人」「人と組織や社会」を表しています。 こうして線で表すことは、「この人はこういう人」「あの組織はああいう組織」といった固定化したイメージを想起させます。それだけでなく、二本の線の関係性(上下関係や与えられた役割関係など)までも固定化させてしまいがちです。
私たちの仕事は、すでに決まっているかのように見える二本の線の「間」に、補助線を引くことです。 すると、それまで何もないように見えていた「間」に、少しだけ空間が生まれます。
そして、その空間のどこかで「点」が動き始めます。
最初は自己紹介であったり、何気ない雑談であったり、一見すると「明確な目的がない」ように見えます。しかし、そうしたやり取りはやがて、さまざまな目的のもとで交わされるようになります。
例えば、企業との仕事には当然「用事」があります。復職支援の相談をする、面談の日程を決める、就業上の配慮を考える——。 クレー風にいえば、これは「用事歩き(Geschäftsgang)」です。行くべきところがあり、そこへ向かって進む歩き方です。
けれども、私たちは用事だけを済ませてすぐに帰るわけではありません。途中で少し寄り道をします。 「用事歩き」の途中で目にして、気になったことを話題にしてみるのです。
「その職場って、どんな雰囲気なのですか?」 「その方の職位は、この会社の一般的な流れからすると昇進が早い方なのでしょうか?」 「来年度の新入社員研修に、私も体験参加してみてもいいですか?」
こうしたやり取り自体には、多くの場合その場で直接役立つ明確な目的はありません。その場で何かの役に立つわけではないけれど、何となく気になって訊いてみる。そんな言葉です。
しかし、こうしたやり取りが積み重なると、最初は仕事に必要な範囲で答えていた人事担当者の方が、ご自身のもつ印象や、時には組織の雰囲気を教えてくれるようになります。話を聞いていると、「ああ、だからそういうことなのですね」と腑に落ちると同時に、相手や組織のことを深く知ることができたと感じます。
こうしたやり取りは、「用事歩き」に対して「散歩(Spaziergang)」に喩えられます。
用事歩きと散歩を続けることで、最初は案内されなければどこにも行けなかった状態から、少しずつ自分で歩ける範囲が広がっていきます。そうやって私は、その「組織」という街や、そこを往来する人々、そして文化や風習を少しずつ知っていくのです。
そうして歩いていると、ある社員の方の復職について話していたはずが、いつの間にか「その職場全体の働き方」や「会社が大切にしている価値観」について思考を巡らせていることがあります。
そして不思議なことに、少し遠回り(散歩)をしたあとで最初の「用事」に戻ってみると、先ほどまでとは少し景色が違って見えることがあります。私たちが大切にしているのは、そんな「用事歩き」と「散歩」の往還です。
用事をきちんと済ませながら、ときどき線を散歩させる。これからも、そんな仕事を続けていきます。
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